当然のなりゆき

「囲碁って、どーゆーものなの?」という疑問は常に付きまとう。
 
多くの物事は「やってみればわかるさ」と気軽に応えておけばよかったりする。
 
しかし、囲碁に関しては残念ながらそうはいかない。
 
囲碁を始めた人は必ず悪戦苦闘する。それも、かなり悪戦苦闘する。
だから、大抵の人はどういうものか実感できる前に囲碁をやめてしまう(だろう)。
 
たぶん「負けず嫌い」(大半がこちら)か「変わり者」だけが、囲碁を継続することができる、と勝手に思っている。(ちなみにIkenagaは後者だと思われる)
 
 
さて、前置きはこれくらいにして
今月に入りようやく囲碁歴三年目に突入。
 
ここに来て漸く「布石」の役割が判ってきた。
 
本当に「ようやく」である。
おもいっきり伸ばして「よーーーーーーやく」と言いたいくらい、漸くである。 
 
また、布石の役割と同時に分かってきたことがある。
 
それは「初心者にとって対局中に選べる選択肢はそれほどない」ということだった。
 
つまり、初心者には複雑なことはできない、ということ。
 
だから、とある目的(地にする、厚みを作る、ワリ打つなどなど)に基づいて、数ある選択肢(定石など)を組み合わせることで1つの布石ができあがっていく、という結論にたどり着いた。(善し悪しは別にして)
 
そしてさらに、布石が終わった後の「攻め」のパターンに関しても同様で、「初心者にとって対局中に選べる選択肢はそれほどない」という考えに至った。(これに関しては武宮九段の著書『攻めの力が劇的に強くなる4つの法則』を参照されたし)
 
 
これらはIkenagaとして残念な結論であった。
しかし、考えてみれば「世の中って結構そんな感じで成り立ってるよなぁ・・・」と。
 
まぁ、当然と言えば、当然のなりゆき。
(だからこそIkenagaとしては残念なのだが)
 
 
ということで、ひとつの割り切りを得たことで、新しい視点での三年目囲碁歴を歩み始めた今日この頃である。
 

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