半“地”

「あと一手加えると一眼作れる形」を「半眼(はんがん)」と呼ぶ。
 
碁では、白番と黒番とが交互に打つので、半眼が2つあれば最低でも一方の半眼に一手加えることができる。つまり最低でも1眼は作れる。
 
だから「半眼2つで1眼」という計算ができる。
 
 
これと同様に考えて
 
「あと一手加えると地になる形」が2つあるとすれば、最低でも一方を地にできる。
 
つまり「半“地”」が2つある、というように考えることができる。
 
しかし、「半眼」と違って、地には“大きさ”という、選択の判断基準となる要素が含まれている。(もちろん、状況によっては「大きさ」だけを判断基準にできるわけではない)
 
 
で、結局何が言いたいかというと、
 
 
「あと一手で地になる形」がいくつあるか、認識しながら打っているだろうか?
 
「あと一手で地になる形」が実際に地になったら、その「大きさ」がどれくらいになるのか、判断できるだろうか?
 
 
こういう事が出来て初めて地を稼げるんだろうなぁ・・・と、ふと思いついたのでメモしてみた。
 
 
追伸:映画『マトリックス』で「選択すること」がしきりにキーワードとして出てきた。 映画の中ではなく日常においても「選択を繰り返している」という。 人生で正しい選択などあるか分からないが、日々選択を繰り返している。 囲碁には、そういった物事の縮図のような要素が含まれているようだ。 だから、ついつい、1つの思考ツールのように扱ってしまう。

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