Trouble is My Business


最近、Raymond Chandlerの「 Trouble is My Business 」を読んだ。Kindle版で。
この小説を読むのは十何年、あるいは何十年ぶりになるだろうか。

さらに、 http://www.audible.com/ で購入したAudioBookで朗読も聞いた。この小説は短篇なので時間は1時間54分。
朗読はElliott Gould。この人の朗読は素晴らしい。(こちらの主人公の名前はPhilip MarloweではなくJohn Dalmas)

改めてチャンドラーの軽妙な会話と、描写における比喩の面白さは際立っていると思った。

"Trouble is My Business" First published in Dime Detective in August 1939, this story is vintage Chandler and the last to featute John Dalmas as the detective. Why? Because in 1939 Chandler published his first novel, The Big Sleep, with a private investigator who was to become world-famous: Philip Marlowe.
 - A Reader's Guide to Raimond Chandler by Toby Widdicombe -

This story originally featured John Dalmas, later renamed Marlowe for book publication.
 - http://en.wikipedia.org/wiki/Philip_Marlowe -

About the Author:
Best-known as the creator of the original private eye, Philip Marlowe, Raymond Chandler was born in Chicago in 1888 and died in 1959. Many of his books have been adapted for the screen, and he is widely regarded as one of the very greatest writers of detective fiction.

さらに、2種類の翻訳を読み比べてみた。

・「トラブル・イズ・マイ・ビジネス」 - ハヤカワ文庫、佐々田雅子 訳、2007/12 /1刊
・「事件屋稼業」 - 創元推理文庫、稲葉明雄 訳、1965/6/1 刊 (49年も前。東京オリンピックの翌年)

おおいに楽しんだので、以下、ブログに書いておこうと思う。

●1. まずは冒頭のシーン
探偵社を経営する女社長Anna Halseyが、ある女の調査を私立探偵フィリップ・マーロウに依頼する。

She said, "I need a man."
"I need a man good-looking enough to pick up a dame ...(中略)...tough enough to swap punches with power shovel"、.....
そしてAnnaはマーロウに向かって言う。
"You might do," Anna said, "cleaned up a little."

この"cleaned up a little."を、もう少し身だしなみを整えれば、というような意味かと私は取ったが、今ひとつ確信が持てなかった。
そこで、書店で見つけた「トラブル・イズ・マイ・ビジネス」 (ハヤカワ文庫)を買って見てみた。
そうしたら訳は何と、

「ちょっともうけてみない。」(佐々田雅子 訳)

私は、えっ、という感じだったが、もう一度読み直してみて確かに、ちょいと一仕事して解決しておくれ、というふうにも読める。
そういうものかとも思ったが、さらにもう一冊、こちらは書店になかったのでアマゾンで「事件屋稼業」(創元推理文庫)を買ってみた。
(どちらも kindle版がないのが残念)
こちらは、

「もうちょっと身ぎれいにしたらね。」(稲葉明雄 訳)

私と同じ。少し安心した。
結局、どちらの解釈もあり、ということなのだろう。

Anna Halseyによると、女の名前はHarriet Huntress。女はshill for a gamblerで、ギャンブラーの名はMarty Estel。
また、女が住んでいるところは、
"She lives in the El Milano, ..., very high-class."

「超高級ホテル」(佐々田雅子 訳)
「極上のアパート」(稲葉明雄 訳)

これは読み進んでいくとわかるが、正確にはホテルではなくアパート、いまならマンションだろうと思う。しかし、なにせ、

The lobby was not quite as big as the Yunkee Stadium.
It was floored with a pale blue carpet with sponge rubber underneath.
It was so soft it made me want to lie down and roll.

なのだ。(Yunkee Stadiumや、 lie down and rollといったチャンドラー流の表現が楽しい)
そして、フロントがあってクラーク(clerk)がいる。これだとホテルと訳す方がわかりやすいのかも知れない。

チャンドラーを読んでいると、会話や比喩による描写を自分で訳してみたい欲求にかられる。
あるいはこの解釈であっているだろうか、と思うときもある。自分では訳しようがない、と思う時もある。
そういう時は、複数の翻訳を比べてみるのも楽しみのひとつだ。

●2. 「アメリカのハードボイルド小説には美人が出てくる」
これは昔、なにかの雑誌でハードボイルド小説の特集があって、そこでだれかが書いていた。
(例えば、ダッシール・ハメットの「マルタの鷹」の冒頭のシーン。私のブログホームの「Random Quotation」の[ 2 of 22 ]で引用してます)

この小説では、マーロウが調査の対象として依頼されたMiss Harriet Huntressが住む高級マンションを訪ねる。
マーロウはフロントの男に、Marty Estelに頼まれて来た、と告げるが、怪しんだフロントの男は警備担当者(house detective)を呼ぶ。デスクの端で油壷を見ているふりをしていた男が近づいて来る。

"Mr. Hawkins, might I have your advice on a matter?"
The sandy-haired man took his eyes off the oil jar and slid along the desk until he was within blackjack range of me.

マーロウはHawkinsを10ドル札で懐柔し、彼女への面会の仲介を頼む。
Hawkinsは彼女に内線を入れる。(この場面の描写がなかなか楽しい。)

He reached for his phone and asked for Suite 814 and began to hum.
His humming sounded like a cow being sick.
He leand forward suddenly and his face became a honeyed smile.
His voice dripped.
"Miss Huntress? This is Hawkins.
...(中略)... there is a gentleman in my office wanting to see you with a mesage from Mr.Estel. ...(中略)...
O.K. Thanks a lot, Miss Huntress, Serve him right up."
He put the phone down and patted it gently.

"All you needed was some background music," I said.
"You can ride up, "he said dreamily. He reached absently into his ciger box and remove the folded bill.
"A darb," he said softly, "Every time I think of that dame I have to go out and walk around the block, Let's go,"

Hawkinsには思わず笑ってしまうが、Miss Huntressがどれほど美人なのか、期待させてくれる。

そしてマーロウは彼女の部屋を訪ねる。
(ヒロイン登場!)

She wore a street dress of pale green wool and a small cock-eyed hat that hung on her ear like a butterfly.
Her eyes were wide-set and there was thinking room between them.
Their color was lapis-lazuli blue and the color of her hair was dusky red, like a fire under control but still dangerous. She was too tall to be cute.
..........(中略)..........
She looked at me over coolly. "Well, what's the message, brown-eyes?"

 注1) street dress:今の時代ならこんな感じか → 写真1, 写真2
 注2) cock-eyed hat:A hat with the brim turned up in two or three places, especially a three-cornered hat; a tricorn.
 注3) apis: ミツバチ、lazuli: 空色の青い半宝石(an azure bluesemiprecious stone)

髪の毛の色で暗示するところなど、うまいなーと思う。

ところで、私は一人で仕事をしていて気分のいい時に自然に鼻歌が出ることがあるのですが、この小説を読んでから、「His humming sounded like a cow being sick.」のセンテンスが浮かんで困っている。。

●3. 「Her eyes were wide-set and there was thinking room between them. 」をどう訳す?
これ、面白い表現だ。しかしどう訳すか、私には思いつかない。

「左右の目の間が開いていて、そこがものを考えるスペースになっているようだった。」(佐々田雅子 訳)
「目と目の間がひらいていて、その中間に思索室があった。」(稲葉明雄 訳)

なるほど。
私には佐々田雅子訳の方が自然でいい。でも他にも、もっと意訳がありそうな。
考えているうちに次の訳を思いついた。どうだろう?

「左右の目の間が開いていて、それが知性を感じさせた。」
「左右の目の間が開いていて、それが彼女を知的に見せていた。」
「左右の目の間が開いていて、そのスペースが彼女を思索的に見せていた。」

●4. 「brown-eyes」をどう訳す?
上の2.のシーンの後、マーロウは彼女の部屋に入れてもらう。
最初は彼女のペースで話が進むように見えるが。

"You'd better have a drink," she said.
"You probably can't talk without a glass in your hand."
I sat down and reached for the Scotch.
The girl san down in deep chair and crossed her knees.
(ここはちょっと意味深)

そして、マーロウは彼女に取引を持ち掛ける。

"I was thinking of five hundred," I said.
"Five hundred what?" She looked puzzled.
"Dollers- not Rolls-Royces."
She laughed heartily. "You amuse me. I ought to tell you to go to hell,
but I like brown eyes."

前の2.のシーンで、最初に彼女がマーロウに話し掛ける言葉は、
 "Well, what's the message, brown-eyes?"

「で、伝言っていうのはどういうこと?」(佐々田雅子 訳)
「どんなお言伝てを持ってみえたの?」(稲葉明雄 訳)

どちらも、brown-eyesを訳していない。ま、それが自然なのかと思う。
こういうところは原文を読まない限りわからない。

またこの小説の終わりに、事件が解決して事務所に戻ったマーロウに彼女が電話を掛けてくるシーンがある。

"Hello, brown eyes. Make it home all right?"
"Your pal Marty brought me home. He told me to lay off you."
..........(中略)..........
"A little scared, Mr.Marlowe?"
"No, Wait for me to call you," I said.
"Good night, angel."
"Good night, brown eyes."
The phone clicked.

上の"Hello, brown eyes. Make it home all right?" は、

「こんばんは、茶色い目の人。無事に家に帰れた?」(佐々田雅子 訳)
「もしもし、茶色い目のおにいさん。ぶじに家に帰れて?」(稲葉明雄 訳)

なるほど。稲葉明雄 訳に納得。
ただし、"A little scared, Mr.Marlowe?" だけは brown eyes でなく Mr.Marlowe。彼女の心理を表しているのだろう。

●5. 本のタイトル「Trouble is My Business」について
ユニークなタイトルだし、訳しずらいタイトルだと思う。今なら、佐々田雅子 訳のようにカタカナにするのが無難かも。
Troubleはここでは「もめごと」といった意味なので「事件」とは少し違う気がするが、稲葉明雄 訳の「事件屋稼業」はかっこいいと思う。(私のブログのタイトルを見た人は、システム障害のことと思ったかも。)
ストーリーの中でも3回出てくる。

1回目:上で書いた1.の冒頭のシーン
探偵社の女社長 Anna は女の背後にギャンブラーのMarty Estelがいると告げる。

"You might get into trouble, of course,"
Anna said. "I never heard of Marty bumping anybody off in the public square at hight noon, but he don't play with cigar coupons."
"Trouble is my business," I said.

2回目:事件の真相がほぼ明らかになり、マーロウが警察署で書類に署名するシーン(←訂正。11/28/2014)
何人も人が殺され、マーロウの事務所にも殺し屋がやって来た。(事務所や外で、殺し屋に狙われるスリリングなシーンがあるが、今回は省略。)
そして事件の真相がほぼ明らかになり、マーロウは警察署で刑事のFinlaysonとSeboltが用意した書類に署名する。

"Guys like you get in a lot of trouble," Finlayson said sourly.
"Trouble is my business," I said. "How else would I make a nickel?"

3回目:事件が解決し、Marty Estelに車で探偵事務所まで送られた後のシーン

"Why the ride home? Just to tell me that?"
"She asked me to look out for you.
That's why you loose. She likes you. I like her. See? You don't want any more trouble."
"Trouble-" I started to say, and stoped. I was tired of that gag for that night.

●6. 原書と翻訳本の表紙について

どちらの翻訳本の表紙も、原書の表紙よりかっこいいと思う。
ハヤカワ文庫の方は新しいだけあっておしゃれな感じ。カクテルグラスのデザインだろうか。
創元推理文庫の方はウイスキーの入ったグラスの写真になっている。
この小説ではスコッチウイスキーが重要な小道具の役割を果たしている。
スコッチウイスキーなしではストーリーがなりたたない程に。

最初にスコッチウイスキーが出てくるのは2.のシーン(再掲)

"You'd better have a drink," she said.
"You probably can't talk without a glass in your hand."
I sat down and reached for the Scotch.

その後、Miss Huntressの部屋で、マーロウは部屋に潜んでいた男に殴られて気を失う。
気が付いた時には部屋にはだれもいない。
(マーロウのどこかユーモラスでかつしたたかさを感じさせるシーン)

I moved around slowly, like a cat in a strange house, got up on my knees and reached for the bottle of Scotch on the tabouret at the end of davenport.
.....(中略).....
I used some more of her Scotch.
The bottle was still half full. I shook it gently, stuffed it in my pocket, put my hat somewhere on my head and left.
.....(中略).....
The swift California twilight was falling. It was a lovely night.
Venus in the west was bright as a street lamp, as bright as Miss Huntress's eyes, as bright as a bottle of Scotch.

マーロウは怪我をしながらも、なんとか一人で帰る。その途中のCalifornia twilightの描写は素晴らしい。。

この後も何度もスコッチウイスキーが出てくるシーンがある。

●7. 最後に
私は普段読むときは分からない単語が出てきても適当に想像して、読み進めていく。辞書を引くことはほとんどしない。
しかし、今回はブログ記事を書くにあたって、2.で出てくる単語のように、きちんと調べてみて、それなりに得るものがあった。
(最近、Kindle版で読むことが多くなって、少し変わった。Kindle版だと単語の部分を選択するだけですぐに訳が出てくる。便利になったもんだ)
さらに、自分が読んだ感覚をもとに、複数の翻訳を読み比べるのはなかなか楽しかった。
しかし、プロの翻訳家でもなかなか訳しきれないものだとも思った。
やはりチャンドラーは原文を読むに如かず、と思う。

(村上春樹 訳の「ロング・グッドバイ」は別。これはしびれた。。)