ムイシュキン公爵がリザヴェータ夫人と三姉妹に語った話


先日の夜、眠りにつく前にあれこれぼんやりと考え事をしていたら、何十年も前に読んだドストエフスキーの「白痴」の一場面がふと頭に浮かんだ。その場面をもう一度本で読んで、以下に書いてみました。

主人公のムイシュキン公爵はドストエフスキーが創造した、最も理想となる人間の典型だと思う。
しかし結末があまりに悲しいので、それ以降読み返したことがなかったが、今回は思い出した場面をもう一度急に読みたくなり、また購入した。

スイスで病気の療養をしていた26歳のムイシュキン公爵はロシアに帰ってきて、ペテルブルグにある遠縁のエパンチン将軍家を訪問する。
そこで将軍家のリザヴェータ夫人と三姉妹のアレクサンドラ、アデライーダ、アグラーヤに、ある男のことを語る場面です。
(男の話というのは、実はドストエフスキー自身の27歳の時の体験)

けれども私は去年出会った別のある男の話をしようと思います。
  ...(中略)...
その男は他の囚人たちとともに処刑場に連れて行かれて、政治犯として銃殺刑を言い渡されたのです。
ところがその約20分後に恩赦が読み上げられ、刑を減じられたのです。
しかしながら、銃殺刑を言い渡されてから、恩赦が読み上げられるまでの20分か少なくとも15分の間、彼は数分後には自分は確実に死ぬと思い込んでいたのです。

 (…処刑場では処刑台の柱に向かって数人の兵士の一隊が整列している。死刑囚たちは自分の番が来るのを待つ。…)

牧師が十字架を持って、囚人たち一人一人のところまで行きました。
ついに残り5分となった時、彼にはこの5分が無限の時間であり巨大な富のように思えたそうです。
この5分間に多くの人生を生きることができるのだから、まだ最後の瞬間について考えることに意味はない。
そこで彼は時間をどのように使うかを決めました。
まず最初の2分で同志たちに別れを告げ、次の2分で自分自身について考え、そして最後に周りを見回そう。
彼はその時のことを後になっても正確に覚えていました。そのように正確に時間を計算したのです。

  (…同志に別れを告げたあと、次の2分が来る…)

次に自分自身について考えるための2分が来ました。何を考えるか、彼には前もってわかっていました。
彼は今、存在し、生きている。しかし3分以内に彼は別の何かになるか、何者かになるか、あるいは物になる。だがそれは誰なのか?何処なのか?
彼はそれを自分自身に対してできる限り早くかつできる限り明らかにしたかった。それを2分間で解き明かそうとしたのです!

近くに教会があり、聖堂の金色の屋根が強い日の光に照らされて輝いていました。
聖堂の屋根とそこから発する輝く光線に彼は恐ろしい程に引きつけられて目が離せなくなったそうです。
その光線は彼の新しい本性であり、今から3分以内に彼は何らかの形でそこに溶け込む、そのように思えたのです。
この新しい物への未知と嫌悪は恐ろしいものでした。

その時に何よりも苦しかったのは、絶え間なく浮かんで来る次のような想念だったそうです。
「もし死ななかったらどうなるのだろう!もしまた人生が与えられたならどうなるのだろう。
それはなんという無限だろう! そのすべてが自分のものになるのだ!
そうなったら、1分を1世紀のように大切にして、何物も失わないだろう。
すべての1分1分を計算しつくして、どんな無駄もしないようにするんだ!」

このあと少しあってムイシュキンの話が終わり、利発で美しい三姉妹との会話が再開するが、その会話のずれが面白いので、最初のところをちょっとだけ書籍から引用(望月 哲男 訳 以下URL参照)しておきます。

公爵は突然黙り込んでしまった。皆は彼が先を続けて結論を言うものと思って待っていた。
「お話はおしまい?」アグラーヤが訊いた。
「はあ? あ、終わりです。」公爵はしばしの物思いからさめて答えた。
「あなたはいったいどんなつもりで今の話をなさったのですか?」
「いやまあ....たまたま思いだしたもので....話の種にと思いまして....」
「すごくまとまりのないお話ですこと」アレクサンドラがコメントする。



参考URL:

The Idiot (Vintage Classics) [Kindle版]  →上記逸話部分の引用
The Idiot [Kindle版]
白痴1(河出文庫) 望月 哲男 (翻訳) – 2010/7/2
  [Kindle版]
白痴 (上巻) (新潮文庫) 木村 浩 (翻訳) – 2004/4
白痴〈上〉(岩波文庫)  米川 正夫 (翻訳) – 1970/1